浦和地方裁判所 昭和28年(行)6号 判決 1956年11月27日
埼玉県岩槻市大字岩槻二千八百八十四番地
原告
株式会社 岩槻会館
右代表者代表取締役
長野正三
右訴訟代理人弁護士
古島義英
埼玉県春日部市
被告
春日部税務署長
右指定代理人
川島光三郎
法務省訟務局局付検事
滝田薫
法務事務官
那須輝雄
春日部税務署大蔵事務官
宮崎功
同
田島恆男
同
大橋徳次郎
同
小沢邦孝
同
大井正美
右当事者間の昭和二八年(行)第六号源泉得課税取消請求事件につき当裁判所は、昭和三十一年十月二日終結した口頭弁論に基き、次の通り判決する。
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し、昭和二十六年七月十六日付でした昭和二十四、二十五、二十六年度分、源泉徴収所得税額八万六千九百五円、加算税額三千六百九十円、重加算税額二万二千円追徴税額一万五百円、とする徴収決定は、これを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因その他の主張事実を次の通り述べた。
一、被告は、昭和二十六年七月十六日、原告に対し、右に掲げたような徴収決定(以下本件徴収決定と略称する)をなし、同日、その通知書を交付した。
二、(1) そこで原告は、本件徴収決定は課税すべからざるものに課税した違法があるとして、昭和二十六年七月二十日、被告に対し再調査の請求をした。即ち、原告は同日付上申書と題する書面を被告に提出している。元来再調査の請求は不服の事由を記載した書面を提出すれば足り、その書面の形式、殊に表題によつて判断さるべきではないのであつて、原告の提出した右書面も表題こそ上申書となつているが、内容は明かに不服の事由を具し、かつ被告の再調査を要求しているもので、再調査請求の方式、手続に欠けるところはないものである。なお、原告は、昭和二十六年八月二十二日付「再審査願」、同年九月二十五日付「上申書」と題する各書面を被告あて提出し、右再調査の請求に対する速かな決定方を促した。
然るに、被告は同日より六ケ月を経過するもなお再調査の決定をなさない。
かかる場合、右請求をなした者は国税徴収法第三十一条の三第五項の審査の決定を経ることなく訴を提起しうるわけである。
(2) 尤も、国税の賦課徴収に関する処分の取消を求める訴は、同法第三十一条の四第三項により再調査の請求をした日から九ケ月以内に提起されなければならないところ、本件訴の提起は、右期間を経過しているが、左記理由により追完を図つたものであるから適法な出訴である。
即ち、原告は本件徴収決定について、主としてその前代表者町田憲並びにその役員並木庄三郎の二名をして被告並びに関東信越国税局長に対し、前記再調査の請求その他の折衝を取扱わしめていたが、右町田憲は昭和二十七年一月三日急死したため、原告は代表者なき状態に立ち至り、同年三月二十九日漸く長野正三が社長に就任し、前記並木をして被告側との交渉を再開させることができた。然るに、当時被告は、本件徴収決定についての原告の不服の主張は国税局に進達済であるから、同局と交渉せよ、というので、原告が同局と交渉したところ、同局では地元の被告と交渉せよ、という始末で、要領を得ないまま、この交渉を継続したが、被告は昭和二十八年六月十九日、何らの予告も与えず映画館を経営する原告の死命を制する映写機時価約六十万円に対し差押を行い、差押の日より二十日以内に納税せぬときは競売に付すると宣告した。然し、原告はなお誠意を以て交渉を続けたが、被告は昭和二十八年六月二十五日、春日部税務署総務課において、「どうしても納税義務がないというのなら訴訟しろ」と申し渡すに至つたのである。この経緯を見ると、被告は、本件徴収決定に対する原告の異議を表面においてはあたかも容れるが如く装い、原告をしてその旨の期待を抱かせつつ時間を稼ぎ、遂に再調査の請求から九ケ月の期間を経過せしめ、通常の出訴ができなくなつた頃を見計らつて差押を決行し、原告との交渉を打切る処置に出でたものであつて、被告のこの行為は、まさに、詐欺的手段によつて出訴期間を徒過せしめたものというべきである。しかも、原告が、被告から欺罔されていた状態は前記昭和二八年六月二十五日迄続き、かつ、その影響は本件出訴の準備を完了することができた訴提起の日の前日たる同年十月二十五日迄継続していた。従つて、原告は、かような自己の責に帰せられるべきではない事由によつて出訴できなくなつたのであるから、その事由のやんだ同月二十六日本件訴を提起し、出訴期間遵守の点の追完を図り、適法な訴たることを主張するものである。
三、而して、原告が、本件徴収決定を違法だとする点は左の如くである。
(1) 所謂旅費として支給したものは従業員の所得ではなく、従つて源泉徴収の対象となるべきものではないのに、本件徴収決定においては、原告がその従業員並木庄三郎、町田俊文、田島輝夫の三名に対し、昭和二十四年十一月以降同二十六年一月迄十五ケ月間毎月二千円づつ、合計九万円を支払つた「打切旅費」に対し、不法に課税されている。
(2) 原告は昭和二十四年十月、事業を開始したのであつて、同年九月以前には一名の従業員も有せず、何人に対しても給与を支払うはずはない。然るに、被告は、本件徴収決定において、昭和二十四年より同年九月迄原告が創立費として支出した十二万四千円に対し、それが単に帳簿上事務費と記載されていたことを捉え、これにつき給与として課税するという不法を犯している。
(3) 一般賞与に課税されることは勿論であるとしても、これは支給を受ける個人があつてのことである。原告は、昭和二十四年十二月五万三百五十円、同二十五年二月三千円、同年十二月四万円、合計九万三千三百五十円を原告の役職員、従業員の旅行その他慰安のため支出しているが、これは純然たる厚生費であつて、その支給を受けた個人はなく、決して本件徴収決定のように賞与と目すべきものではない。
(4) 被告は、前述の如く、並木庄三郎、町田俊文、田島輝夫三名に関する打切旅費に課税し乍ら、更に、同人らの給料に対しても課税しているが、この給料中には計算上、右打切旅費各月二千円ずつのものが包含されていたので、この合計九万円については二重の課税がなされた結果になつている。
(5) 篠村常吉は原告の従業員ではなく、創立当時よりの臨時日雇人夫として原告において使用したものであるから、同人に支給した金額は給料ではなく、労務日数に応じて支払つた労務賃金である。かような日雇労務賃金は源泉徴収の対象とならないから被告が昭和二十四年十一月から同二十六年四月迄の同人に対する賃金合計九万二千八百二十円を課税の対象に含めているのは、違法といわなければならない。
以上、打切旅費九万円、創立費十二万四千円、厚生費九万三千三百五十円、給料中に含まれた打切旅費の部分九万円、篠村常吉の賃金九万二千八百二十円、合計四十九万百七十円は、本来源泉課税の対象となるべき金額ではない。然るに、被告は、これを所得税賦課の対象となるものと誤解し、これを基礎として本件徴収決定をなしているので、かかる処分は明かに違法であるから、その取消を求めるため本訴に及ぶものである。
また、原告訴訟代理人は、証拠として甲第一号証、第二号証の一乃至三、第三、第四号証を提出し、証人並木庄三郎、町田俊文の各証言を援用した。
被告指定代理人は、主文と同旨(本案については、原告の請求を棄却する旨)の判決を求め、答弁として次の通り述べた。
原告の主張事実中
一、に掲げる如き本件徴収決定のあつたことは認める。
二の(1)に掲げる如き上申書と題する書面を、原告が昭和二十六年七月二十日付で被告あて提出したこと、並びに本件徴収決定につき再調査の決定がなされていないことは認める。しかし、右書面は適式な再調査の請求書ではなく、単に国税犯則事件に対する陳情書にすぎないと考えられ、事実そのように取扱つてきたものである。なお、原告が右書面の外に、「再審査願」或いは「上申書」と題する書面を被告あて提出しているとの点は否認する。
二の(2)に掲げる事実のうち、町田憲が原告主張の日に死亡した点原告主張の日に被告が原告の映写機を差押えた点、並びに、その後、原被告間に右差押についての交渉があつた点はいずれも認める。
而して、被告は原告の昭和二十六年七月二十日付の上申書を再調査の請求書としては取扱わなかつたが、原告の便宜を図り、関東信越国税局長に対し本件徴収決定に関する指揮を仰いだところ、同局長は右決定の正当性を確認し、その旨を被告あてに回答してきたので、被告はこの回答を同年九月六日原告あてに通知した。この間、並木外一名が右国税局に陳情し、また原告代表者長野正三が昭和二十七年八月十九日に、前記並木が同年十月七日及び同二十八年六月二十五日に、春日部税務署にそれぞれ交渉に来たことはある。しかし、被告は、その際、本件徴収決定が正当であることを証明したのみで、原告に対し詐言を用いて引延しを図つた事実は毛頭ないのであつて、原告は、明らかにその責に帰すべき事由によつて出訴期間を経過したのである。
従つて、本件訴については、前記の如く、原告の被告に対する正式の再調査の請求がない点で、訴願を経ない不適法たるのみならず、仮りに前記昭和二十六年七月二十日付上申書が再調査の請求書であるとしても、本件訴は右請求の日より九ケ月を経過し.しかもその経過は自らの責に基くものである以上不適法なものといわなければならない。
而して、原告が本件徴収決定を違法ならしめる理由として挙げる諸点は、いずれも全く根拠なきものである。即ち、
(1) 原告が並木庄三郎、町田俊文、田島輝夫の三名に対し、昭和二十四年十一月以降同二十六年一月迄、それぞれ毎月二千円ずつ旅費名義で支給したものを給与と認めて課税したことは認めるが、これは現実に要した出費に対して支給されたものでなく、旅費とは名目だけで、真実は給与の一部である。このことは、本件徴収決定をなすにあたつて、被告係官が原告について調査したところ、出張の具体的内容を証明しうる帳簿が全くなかつたこと、及び、原告の帳簿には、右の二千円の外に旅費の支給がなされていることからも明らかである。
(2) 原告が創立費中の事務所経費として支出しているものは、原告の申立にょれば、発起人及び事務担当者に対する報酬とのことであり、かつ、いずれも原告の会社設立登記のなされた昭和二十四年三月二十四日以後に支出されたものであるから、被告は、これを別紙記載の如く原告の支給した給与と認めて課税したわけである。なお、これらの経費が仮りに会社設立前になされた出費だとしても、これは設立中の会社のなした行為としてそれに伴う一切の法律関係は、設立された会社、即ち、原告に帰属するものである。
(3) 原告が厚生費と称する合計九万三千三百五十円は、原告の記帳並びに、本件徴収決定をなすについての被告の調査を綜合すれば賞与たることは疑いない。また、仮りに、これが原告主張のように慰安費として使用されたものとしても、従業員に対する現物給与として課税の対象となることには変りがない。
(4) 並木庄三郎外二名の給料中に、前述の旅費名義で支給された二千円がそれぞれ含まれているとの原告の主張事実は否認する。
(5) 原告は、篠村常吉に対して支払つた労務賃金には課税すべきでないというが、かような日雇労務者の賃金であつても、所得税法にいう給与であつて、篠村が原告に雇傭され、賃金の支払を受けた以上、原告において所得税を源泉徴収すべき義務を負担するものといわなければならない。
また、被告指定代理人は、証拠として、乙第一乃至第三号証を提出し、証人山崎成信、小沢邦孝の各証言を援用し、甲第一号証、第二号証の一についてはその成立を認め、第二号証の二、三、第三、第四号証については「いずれも不知」と答えた。
理由
先ず本件訴が適法なものであるかどうかについて検討する。
被告が、昭和二十六年七月十六日、原告主張の如き内容の本件徴収決定をなし、同日その通知書の交付があつたことについては、当事者間に争いがない。この本件徴収決定のうち、源泉所得税についての徴収決定(追徴税についてのものも含む)は、所得税法第四十三条、国税徴収法第六条に基いてなされたものであるから、これに関し異議ある場合の手続は、国税徴収法第三十一条の二から第三十一条の四迄の規定の適用を受けるわけであり、またこの決定と共に本来の租税に附帯して賦課された加算税、重加算税の徴収決定に関しても異議があれば、その処理は、本税に関する異議の手続に附随して、従つてまた、当然、国税徴収法の右各条に則つて進められ得べきものと解しなければならない。
そこで、本件徴収決定の取消を求める本訴が適法なものであるためには、先ず、原告において同法所定の再調査の請求をしていることが必要であるところ、原告が被告あてに提出した昭和二十六年七月二十日付上申書と題する書面が、本件徴収決定に対する再調査の申立書であるか、それとも、国税犯則事件に対する単なる陳情書にすぎないか、当事者の主張に対立が見られる。しかし、この点の解決をしばらく措き、右上申書を、仮りに、適法な再調査の請求と見、その提出の日から六ケ月以内に、これに応ずる決定がなされていないことは被告も争わないので、昭和二十八年十月二十六日に提起された本件訴は、右再審査の決定を経ないで提起できる場合に該当するものと考えても、法はかような場合の出訴期間を不変期間として再調査請求の日から九ケ月と定めており、従つて、本件訴は明らかにこの期間内に提起されたものではなく、不適法たるを免れないといわねばならない。ただ、原告は、この期間の不遵守はその責に帰すべからざる事由に基いたものであり、従つて、本件訴提起行為は追完されたものとして適法であるというが、その理由としてあげるもののうち、昭和二十七年一月三日、原告の代表者町田憲が死亡したことを以て、直ちに前記出訴期間の最終日たる同年四月二十日迄に出訴できなかつた理由となすわけにゆかないことは明白である。更に、証人並木庄三郎、同町田俊文の各証言によれば、原告が、被告あるいはその上級官庁たる関東信越国税局に対し数回にわたつて、本件徴収決定に関し減免の措置をとつてもらいたい旨、事実上交渉を重ねたことは認められるが、その際、これら行政庁の係員が、原告の不服の主張を容れるような態度を装つて原告を欺き、このため、原告が出訴期間を遵守できないようにされてしまつたという事実については、これを肯定できる資料は何もない。なお、その他全証拠に徴してみても出訴期間を徒過した原告の本件起訴行為を適法ならしめうる事由は発見し難い。
よつて、本件訴は、実体について判断を加えず、出訴期間経過後の訴としてこれを却下すべきものとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九条を適用の上、主文の通り判決する。
(裁判長裁判官 大中俊夫 裁判官 石沢健 裁判官萩原太郎は、転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 大中俊夫)
別紙
<省略>
以上